活動報告書

この活動は、ミャンマーで、ボランティア活動をしている叔父・叔母が、帰国したときに聞いた話から始まった。叔父は元国連職員で現在は岩崎無双塾塾長およびU-LAW(福岡本部)の顧問、また叔母はU-LAWミャンマー事務所長として既に9年ミャンマーに在住してる。

 叔父・叔母の「ミャンマーの子どもたちにとって、鉛筆はとても貴重なもの。今の日本の子どもたちは、すぐに鉛筆なんて使わなくなっちゃうでしょ。その鉛筆をミャンマーの子どもたちにあげたらすごく喜ばれるんですよ。」という内容のものであった。

「それなら私も協力できるかもしれない。」と思い、まずは私の友人や知り合いへ主旨を説明し、協力を求めた。それがこの活動のスタートである。

 友人から友人へ、知り合いから知り合いへと「鉛筆支援の輪」が広まり、20039月から20041月の間に、1000本以上の鉛筆が届けられた。

そして、その鉛筆を携え、私はミャンマーへと旅立った。

 24日、叔父・叔母・スタッフの方に案内され、少々緊張の面持ちで私は、障害児施設を訪問した。そこで、小学生から中学生位の年齢の72名の子どもたちと対面した。

 まず自己紹介をし、「今日皆さんに、鉛筆をお届けすることが出来るのは、叔父たちから聞いた話を、友人や知人に伝えたところ、賛同し協力して集めてくれたからです。皆さん、この鉛筆を使って頑張ってお勉強してください。」という内容を述べた。

 そして、一人一人に新しい鉛筆を一本づつ手渡した。子どもたちの中には、日本語で「ありがとう。」と言ってくれる子もいた。

 鉛筆を手渡しながら感じたのは、子どもたちが皆、本当に嬉しそうに鉛筆を受け取ってくれている、ということだ。日本ではすぐにシャープペンを使い出し、使われなくなってきている鉛筆も、ミャンマーの子どもたちにとっては、本当に必要なのだと、叔父たちに言われた言葉を実感した。

 私も最初そうであったが、多くの人が漠然と「何か役に立つことがしたい」と思っているのではないだろうか。けれど、実際は何をしていいのか分からない。

 この鉛筆支援は、そんな私にとって非常に良いきっかけを与えてくれた。なぜなら、自分の家や友人の家に眠っている鉛筆を集めることで、多くの子どもたちに喜ばれるということを、身を持って実感出来たからだ。

 本当は、誰かのために何かをするというのは難しいことではないのかもしれない。ただ考えすぎてしまうのである。

 けれど、今回の鉛筆支援のように、たった1本の鉛筆でもいい。「誰かのためになるのなら」という気持で、一人一人が1本の鉛筆を差し出してくれれば、それが何十本、何百本となる。「1本しかないから・・・」ではなく、「1本あったから」という考え方を持てば、「何かしたい」から「何かした」へと変わる。

 気持ちひとつ・考え方ひとつで、自分自身の価値観は変化する。「今の自分には一体何が出来るのか・・・」。誰かのためのつもりが、自分自身と向き合う時間を作ってくれたように思う。

 20042月の現在、今も鉛筆が集まっている。また沢山の鉛筆をスーツケースに詰めてミャンマーへと飛び立つ日は、そう遠くないであろう。

 尾井 菜実子

 

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