|
岩崎無双塾 塾生 菅野耕司 27 Apr. 2004 ミャンマーにて
私が今回、二度目の来緬を決めたのは、前回「日緬親善野球大会」に参加し非常に良い経験をさせていただき、いずれまたミャンマーへ行きたいと思っていたからです。ただ、私は九月からイギリスに留学する予定で、既に決定している第二回日緬野球大会に参加できないので、ミャンマーの語学学校は日本で学ぶよりもだいぶ格安ということもあり、今回、英語の勉強と異国の地での生活や野球を通じたミャンマー選手との交流、精神的・肉体的に成長し今後へ生かすことを目指しミャンマーへの再訪を決心しました。つまり、野球も英語も上達して一石二鳥ということです。 日本にいるときから塾長とのメールのやりとりで色々とアドバイス及び宿泊先等の手配をしていただきました。来緬前に投げすぎて肩を痛めていましたが、すぐミャンマーの正月休暇にはいるため、「肩が痛いなどと言ってはおれず」最初の練習からマウンドで投げました。前回来たときはほとんどミートされなかった自分のボールがこの時はポコポコ打たれて、ミャンマー選手の成長なのか、はたまた自分の衰えなのでしょうか・・・・。二日目の練習は休み前の最後のため、軽い練習とミーティングが行われました。ミーティングの内容は、ミャンマーで活動しているいくつかのNGOが共同して参加するRainbow Cup Tee ballの大会が5月に開催され、その大会に出るチームに野球の選手達が教えに行っていることについてでした。これは塾長も言っていましたが、指導者の立場になって、自分達が普段教わる立場のとき指導者はどのように思っているか、それを理解させるのに非常に良い機会だと思いました。 さて、ミャンマーの正月、水祭りですが、British Council(英語学校)が始まるだいぶ前にミャンマーへ来たのも、水祭り見たさが理由の一つでした。この水祭りには本当に驚きました。初日に選手達と車で、水を掛けられに回りました。水を痛いくらいに掛けられ、ホースで浴びせられ、疲れましたが、とてもよい経験でした。掛けられる準備をしているときはいいですが、普通に、買い物に出たときでも、この期間中は水を掛けられます。冷やしてあって冷たい水から、猛暑で熱いと感じるまで温まった水を行く先々で掛けられました。それでも決して怒らず、笑顔で答えました。ミャンマーの雰囲気がそうさせるのでしょう。 ― 菅野君、雨天練習場建設作業中 ―
水祭り最終日(4月16日)に選手達を集め塾長宅で新年を祝うパーティをしたのですが、時間になっても来ない選手がいて、塾長は「全員がくるまでいつまでも待つ」と言って、集まった選手に野球を通じて教えている事がなんたるかを切々と説いていました。しかし、水祭り後初めての練習のときにも来ない選手がいて、その翌日怒ったアウンナインウーコーチが鬼のように来なかった選手を延々と走らせていました。 水祭り後の練習は、朝のうちはTee ballの選手達の練習や子供達の練習をし、他、フリーバッティング、ノック、午後からは子供達の練習、ミニゲームを中心にやっています。私ももちろん普通に練習に参加し、持参してきた木製バットをチョウチョウトゥンとの対戦時に折られるなどしながら、選手を指導し、自分も塾長に指導されつつ日々を送っています。最近、疲労からか筋トレのしすぎか腰を痛めておりますが、塾長宅で食事をいつもご馳走していただいて内臓のほうはこれまで無事にきております。 さて、語学研修はといいますと、クラス分けのテストでは、最低ランクの1・1に割り当てられ、ミャンマー人生徒に混じって願っていた「全く日本語が通じない環境」で英語を初歩から学んでいます。 本当に楽しいですよ! 私の今回の経験が後に続く塾生の一助になる事を願っています。
菅野 耕司プロフィール 1982年 宮城県に生まれる (22歳) 9歳より野球を始める 仙台工業高校 硬式野球部 1年 軟式野球部 2年間 所属 高校卒業後就職 埼玉県にて地元軟式野球チームに所属 (年間50試合) 2003年 知人の呼びかけにより日緬親善野球大会に参加(優秀選手賞を受賞) 2004年4月 英国留学を決心し退職(9月より留学予定) ミャンマー野球支援および英語研修を目的として再度ミャンマーへ渡航 |
|
この Web サイトに関するご意見やご質問は (スパムメール対策のため宛先を画像化しております。 |